異変の始まり

今から約10年近く前。

私の周囲で小さいけれど、確かに明らかに異変が起き始めた。

 

当時、私は某マンションで一人暮らしだった。

発達障害のある私は、就労移行支援事業所に通い、一般企業への障碍者雇用枠での就職を目指していた。

 

ある日帰宅すると、僅かに微かに、自分以外の誰かが部屋の中を触った形跡が感じられた。ひとつひとつは細かいけれど、微妙に何かが違う。

 

最も驚かされたのは、当時使っていたTwitterだのありとあらゆるアカウントのパスワードが変わり、ログインできなくなっていた。

当時、私は無防備でアカウントのIDとパスワードを書いた付箋をPCを使う机にペタペタ貼っていた。「これがマズイのか!」そう思い、全ての付箋をはがしパスワードを変更した。

でもそれは、私の留守中に何者かがこの部屋に上がり込んでいるということになる。

ゾッとした。

 

証拠を掴むため、ある日私はボイスレコーダーの録音ボタンをONにして机の下に隠し、いつも通り就労移行へと出掛けた。

帰宅して、更に恐ろしい現実が待っていた。

ボイスレコーダーを再生すると、ハッキリと誰かが室内を歩き回る足音や、

本やノートだろうか紙類をパラパラとめくる音などが録音されていた。

この音を聴いたときの私の恐怖感は、生涯忘れられないだろう。

「気のせいなどではなく、明らかに私の留守中この部屋に何者かが入り込んでいる!」

 

後日、実家の母にこのボイスレコーダーに録音されていた音を聴いてもらった。

確かに、人の足音だし、紙をパラパラめくる音が聴こえる。

この日から、私は怖くて外出ができなくなった。

通っていた就労移行も、そのまま行かなくなった。

 

「留守中に上がり込んだ人間は何者なのか?男か?まさか女か?」

「何が目的なのか?」

「私のパソコンをかなりいじったようだが、目的はそれだけ?」

「窃盗目的でないことは確かだが、では何?」

 

私の疑心暗鬼は、どんどん膨らんでいく。

「この部屋のどこかに、盗聴器や監視カメラを仕掛けてあるかも」

「こうしている今も、どこかで見張っているかも」

「変質者?」

 

時間だけが空しく流れ、私の精神状態はどんどん蝕まれていく。

「この部屋と私は、変質者により常に見張られている」

その考えが常に頭から離れず、私の精神状態では一人暮らしが困難になった。

 

私は実家に戻った。

それでも時は既に遅かった。

私の精神は、あのマンションでボイスレコーダーに録音された音を聴いた時から

じわじわと破壊されて行っていた。

実家の自分の部屋に居ても、「何者かに常に見張られている感覚」は治まらず、

恐怖心はどんどん大きくなる。

 

「何だか、頭の中(脳みそ?)が温かいような感じがする」

そんな不気味な感覚まで表れた。

 

どこに居ても、何をしていても常に「怖い」。

 

母に連れられて、精神科に行った。

最初の診断は、「社会不安障害」。

しかし、いくら抗不安薬を飲んでも私の恐怖心は一向に治まらず、

別の医師の診断は「統合失調症」とのこと。

 

すぐに抗精神病薬が処方された。

ところが、私はこの手の薬にひどく過敏な体質らしく、

アカシジア」という不快極まりない副作用が最大級で全身に現れた。

主治医は、とっかえひっかえ抗精神病薬を処方してくれたが、

どれもこれも副作用ばかりがひどく、肝心の効果はほとんどなかった。

 

私の体質に合う薬を探りつつ、自宅療養の日々が続く。

しかし病魔は恐ろしく、弱いながらも抗精神病薬を服用しているにも関わらず

私の病状は悪化の一途を辿った。

 

幻覚が見え始めたのである。

当時、体調のすぐれる日のみ、派遣の単発の仕事で軽作業をしていたが、

勤務中にまで幻覚を見るようになった。

置いてあるはずの段ボール箱が、私の脳には認識できず「段ボール箱なんてどこにも無いですよ」と上司に報告する。

「体調が悪いようだから、早退しなさい」

しかし、この頃から私は記憶障害も始まり、その日どうやって仕事から帰宅したか、全く覚えていない。

 

この幻覚と記憶障害は、日に日に酷くなり、遂に派遣会社から仕事の依頼が来なくなった。

 

  続きは、また次回に。